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はじめまして

 投稿者:bear  投稿日:2004年 4月15日(木)01時55分47秒
  情報量に驚きました。すごいですね。私は東京生まれですが、父親が愛媛の上浮穴郡の出身なんで、どんなところか知りたくて調べてたら、たどり着いちゃいました。(赤蔵ヶ池とかのある方だったような。どうやって行くんでしょう?クルマがないとムリ?)
ここには、むかし、親戚のおじさんとかが喋っていたことばがたくさん載っていて感激しました。これからちょくちょくきまーす。頑張ってください!
 
 

はじめまして

 投稿者:ma  投稿日:2004年 2月15日(日)23時05分37秒
  大阪の自室で、愛媛みかん100パーセントジュースを飲みながら書いております。
大学の社会言語学講義の課題で、出身地の方言について書かないといけないので、ネットで調べているときにこちらに行き当たりました。

……「がんす」がない!!
私の出身は喜多郡内子町です。おしゃべり、ウソ、大言、ホラのような意味の言葉です。
さらに強い意味の「おおがんす」という言葉もあって、そういう名前のアマチュア劇団もあります。
あと、カメムシは内子町では「じゃくじ」といっていました。
よかったら追加してみてください。

このような面白いサイトがあってうれしいです。管理運営頑張ってください。
それでは失礼致しました。
 

狸伝説地行拝見しました

 投稿者:yasusi  投稿日:2004年 1月10日(土)18時49分51秒
  狸の話は、どれも仄々としてエエもんですね。
今後も新ユニットの活躍を楽しみにしています。
 

分かった!

 投稿者:おいわさん  投稿日:2004年 1月 4日(日)20時32分45秒
  引っ越す前の古いURLにアクセスしていたんですね。  

やっぱり

 投稿者:おいわさん  投稿日:2004年 1月 4日(日)10時02分34秒
  今日も1番ゲットしました。

 

あけましておめでとうございます

 投稿者:おいわさん  投稿日:2004年 1月 3日(土)09時23分21秒
  相変わらず精力的に歩いていますね。

ところでTOPページのカウンター1番ゲットです。と言って喜んで良いのかどうか。
このカウンターは機能しているんですか?ずっと1のままでは?・・・(-_-;)
 

http://www.infomadonna.ne.jp/~oiwasan/

 

教えてください

 投稿者:B作  投稿日:2003年12月14日(日)11時02分30秒
  はじめまして。博物学的視点が出てきましたが、その重要性とはどのようなところにあると考えますか?  

方言で

 投稿者:やなぎ家メール  投稿日:2003年11月 4日(火)02時17分51秒
  初めまして。ふらふらサーフィンしてたらたどり着きました。私は松山育ち、松山在住です。で、ひとつ気になる言葉がございましたので確認してみていただきたく(勝手ですが・・・)カキコさせていただきました。
 その言葉とは、「きときとする」または「きちきちする」で、どうやら「ネバネバしている」ことを言うらしいのです。私の友人(当時二十歳くらい)がよく遣ってた言葉なのですが・・・。
よろしければ、確かめてください。
ほしたら、またちょくちょく遊びにこようわい(笑)これからも頑張ってくださいね!
 

はじめまして

 投稿者:釣竿メール  投稿日:2003年 7月 8日(火)20時14分29秒
  はじめまして。釣竿(ちょうかん)と言います。
先日皿ヶ峰で、おいわさんと間違えてお声をかけてしまいました。
失礼いたしました。
ホームページを拝見させていただきました。
実に内容が豊富なページで、すばらしいです。
本も出版されているんですね。
本屋でさがしてみます。
伊予弁や方言、いいですね。田舎そだちの私にはなんとも言えないものがあります。
私の田舎は上浮穴郡、育ちは砥部町です。
今後ともよろしくお願いいたします。

http://web2000.kakiko.com/gzg/index1.htm

 

おたた

 投稿者:TTS  投稿日:2003年 6月19日(木)12時43分7秒
  松前のおたたさんについて調べていてたどり着きました。
司馬遼太郎の街道を行くではおたたという名前の女性がいたと書いてありますが、こちらで
お滝に由来することがわかりました。
ところで頭上に品物を載せて行商を行う女性の風俗ですが、四国では阿波のいただきさんや
由岐のいただきさんが有名です。写真や絵があるのでご覧下さい。
http://www.chushi.maff.go.jp/wagamati/tokusima/yuki.htm
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/4309/Life.htm
 

方言

 投稿者:Y  投稿日:2003年 6月 3日(火)00時23分38秒
  今日初めて、このサイトを知りました。
こたろうさん、こたろうさんの努力には、脱帽します。
すばらしい!!!
とくに、方言は、すごい。 で、一つ追加して欲しいのがあるのですが。
「ぞえる」 = ふざける って意味で、使いませんか?
南予出身なので、松山で使うかどうかは、定かではありませんが。
うちの親が、よく私達兄弟に、「そがいに、ぞえるなや」って言ってたました。
どうです? 追加の価値ありますか?
また、何か発見したら、掲示板に書かせてもらいます。
これからも、愛媛人民の為、がんばって下さい。応援してます!!!
 

教えて下さい!

 投稿者:ayataメール  投稿日:2003年 1月22日(水)10時29分14秒
  初めまして。こんにちは。ayataと申します。
前々から思っていた事なのですが、
伊予弁(伊予方言)での挨拶って、どんなものがあるのでしょうか。
私は幼い頃から家を出る時は「いってこうわい」と言い、
母は「いってかえっといで」もしくは「はよかえっといで」と
言って送ってくれました。
挨拶と言えば食事の時も「ごちそうさま」には
「ようおあがり」と返してくれます。
これらはどれくらいの人が使っているのでしょうか?
そして、今でも使われているのでしょうか?
他に挨拶があるのなら是非知りたいので、
何か御存じの方は教えてください!お願いします。
 

おいわさんへのReply

 投稿者:いせきこたろうメール  投稿日:2003年 1月19日(日)23時50分32秒
  どうも御無沙汰してます。
相変わらず、おいわさんも色んなとこ徘徊しておいでるようで。
写真撮影のアングル、ポジショニングも相変わらずの調子のようで、
安心感を覚えます。(^_^;)
(危ないとこよじのぼられんよ!)

>>この前、本屋でうろうろしていたら偶然「約149万人の媛語読本」
>>を見つけたので、手にとって読んでみました。「おーなかなか面
>>白い」と思ったんですが、値段を見て、そっと元に戻してしまい
>>ました(-_-;)

よいよい、お年玉の季節じゃのにそんな寂しいこと言わずに、買う
て下さいよぉ。公民館に寄付するんでも、中高年登山教室の面々に
売りさばくんでも構いませんから....。(^_^)
 

三軒屋長左衛門へのReply

 投稿者:いせきこたろうメール  投稿日:2003年 1月19日(日)23時45分31秒
  どうもどうも、はじめまして。

>>温泉郡川内町の地誌を主に取り扱うサイトを主催しております。
三軒屋長左衛門さんのサイト、見させていただきました。
えらい詳しく調べておいでですね。しかもストーリー性があって興味を持って
読むことができる点、感服です。
私の場合、広く浅い情報ばかり集めているんで、このようなページを読みます
と、それらの繋がりが見えてきて、なお面白く感じます。
海を隔てたところにお出でるようで、情報収集等大変とは存じますが、
今後も集大成に向けて御活躍されることを期待してます。

川内町には歴史、景観、...色々な要素があってしょっちゅう出掛けています。
山歩きも大好きな私には、川内は絶好の活動拠点になってます。
松山市内から小一時間で行けるのが何といっても魅力ですし、石鎚には及ばなく
とも、そこそこの高峰が目白押しなのが良い。
昨年の登り納めは、石墨山・唐岬の滝。
今年の初登山も、大熊山・番駄ヶ森・塩ヶ森へと繰り出しました。
最近は情報採取ばかりで、ホームページ更新はすっかり後回しになって
おりますが、たまには覗いてみていただければ幸甚です。

 

おひさしぶりです

 投稿者:おいわさんメール  投稿日:2003年 1月18日(土)10時45分2秒
  この前、本屋でうろうろしていたら偶然「約149万人の媛語読本」を見つけたので、手にとって
読んでみました。「おーなかなか面白い」と思ったんですが、値段を見て、そっと元に戻して
しまいました(-_-;) 

http://www.infomadonna.ne.jp/~oiwasan/

 

はじめまして

 投稿者:三軒屋長左衛門メール  投稿日:2003年 1月14日(火)18時49分56秒
  はじめまして。こんにちは。温泉郡川内町の地誌を主に取り扱うサイトを主催しております、三軒屋長左衛門というものです。
以前からこういうデーターベース的サイトがあると聞きしに及んではおりましたが大変な量ですね。
ネット検索という特性を考えた時、こうしたデーター集の方が利用価値があるような気がします。
私はデーターの収集より事象の検証の方を中心にやっていますが、なかなか一つの地域から出ることができませんからね。コンプリートしない限り検索としての価値が見いだせません。
ともあれ同じような地域的研究をされている方がネット上にいらっしゃるのは嬉しいです。
私は現在愛媛にいないので資料がまったくてにはいらない現状に悩まされておりますが・・・。
いせき様も川内に来られたこともあるとサイトを拝見して見受けましたがさまざま川内の昔話等集めておりますので宜しければおいでください。
不躾ではございましたが今後とも研究期待しております。

http://sty.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~a022ce/

 

whiteさんへのReply

 投稿者:いせきこたろうメール  投稿日:2003年 1月 9日(木)00時53分33秒
  >>「博物学的視点」とはどういうことですか?

私は学者じゃありませんので、いい加減な回答しかできませんが、私見を述べますと、
「テーマやジャンルに拘らず、網羅的に物事を収集し、それを様々な切り口から眺めてみる」
ということじゃないでしょうかね?

「価値を認めて集める」んじゃなくて「集めたものから価値を認める」といった言い方の
ほうがいいのかもしれません。

例えば1枚の木の葉が目の前にあったとします。
①植物図鑑などと照らし合わせて、どの科・属に当てはまるかを確認する。
②葉脈の分岐角度を分度器で図って、その葉っぱのフラクタル次元を算出する。
③「ラミネータで加工して栞をつくる」など、アクセサリの素材として捉える。
④絵のモデルにする。
⑤すりつぶして、燃やしてみて芳香を楽しむ。
⑥噛んでみて、どのような味わいかを確認する。
⑦植木鉢の中に入れておく。
それを見る人の興味・嗜好によって、様々な見方がありますよね。
これを数多くの葉っぱに適用・展開を試みると、
①植物の性質の体系的整理
②植物の数学的手法による体系化
③職人的技法の確立、大量生産するための工学的手法の確立
④芸術的価値の発見
⑤安上がりアロマテラピーへの発展
⑥新しい甘味料の発見
⑦栄養価の高い腐葉土の開発
などに繋がるかもしれません。
更に①+②、③+④、⑤+⑥などの組み合わせで、もっと面白い事実が見つかるかも
しれません。

いかん!中身が無い割にはくどい内容になっちゃいましたね。
一言で言ってしまえば「多面的な見方」ということでいいんでしょうけどね。
 

kさんへのReply

 投稿者:いせきこたろうメール  投稿日:2003年 1月 9日(木)00時06分22秒
  書き込みが大変遅くなりすんません。
私の場合は、生まれも育ちも殆どが愛媛ですので、自分が口にした、あるいは耳にした言葉を
徹底的に拾い出して、あとは複数の辞書(国語辞典、古語辞典)と突き合わせて「それらに
出現するか否か」といったアプローチで方言かどうかを自分勝手に判定するという、極めて
アカデミックでない方法をとりました。しかし、これでは方言なのか俗語なのかは識別でき
ませんけどね。あとは、「複数の愛媛県人が口にした言葉は『方言』である」という、極めて
いいかげんな判定方法で仕分けています。

kさんがレポートとして纏めようとしているのは意識調査ですから、これは数多くの被験者を
無作為抽出し、アンケート調査・聞き取り調査する以外に手はないんじゃないでしょうか?
月並みの回答ですが。

kさんのニーズに対しては、愛媛大学の清水史先生がお書きの
「内と外から見た愛媛の方言~方言意識の本音を探る」
 青葉図書、ISBN4-900024-56-2、定価1400円+消費税
が参考になると思います。

 

質問です

 投稿者:white  投稿日:2003年 1月 2日(木)13時24分5秒
  突然失礼します。某大学一年のものですが、「博物学的視点」とはどういうことですか?レポート課題なのですがいまいちわからず先に進めません。  

御願いします!!

 投稿者:  投稿日:2003年 1月 1日(水)11時54分3秒
  大学で、出身地の方言についてのレポートが出ました。方言と意識されにくい方言など、地元で意識調査を行い、方言という意識はあるのか、世代差はあるのかなど調べたいのですが、どのようにしらべたらいいですかね?何かいい案があったら教えてください。地元には4日までしかいないので、出来れば早めに何かあったら御願いします。  

ありがとうございます。

 投稿者:masakatsuメール  投稿日:2002年12月31日(火)20時36分5秒
  こんばんは。こたろう様

この件につきましては、先般私に直接メイルにて丁重なご回答頂きましたことを先ずお礼申し上げます。しかし、こたろう様から私へのメイルのご回答が12月17日23時50分、そして、私がBBSに質問させて頂いたのが同日20時41分でメイルを頂いた時には既にBBSに投稿した後になっておりました。そして、私もメイルのチェツクは毎日ではなくこたろう様からの回答メイルを拝見いたしましたのが翌々日だったと思います。メイルを拝見して回答頂いている通り「史実の誤解ではなく単なる記述間違い」だとのことで納得いたしました。それで、そのあと私がこちらBBSの方を適切に処置するべきだったと今反省いたしております。

唐突に無礼な質問をいたしましたにも拘わらず丁重なご回答を頂きましたこと本当に感謝いたしております。ありがとうございました。今後とも、多くの皆さんに古き良き愛媛の郷土史を知って頂けるよう広く紹介して下さることを期待いたします。今回は重ねてのご回答ありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。
 

Re.掲載内容の史実の検証は ?

 投稿者:いせきこたろうメール  投稿日:2002年12月31日(火)15時29分42秒
  masakatsuさんには、直接メールにて御回答したのですが、掲示板にも書き記されて
おいでるようなので、返信メールの内容を掲載しておくことにします。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

さて、御指摘の件ですが、

> 説明の中には
> 「道後湯築城主・河野通直の家臣で、一ヶ森城主であった大塚源十郎の供養塔。」と
> 記載されていますが、私の調べでは高橋玄蕃と大塚源十郎とは全くの別人であると思
> います。

まさしく、御指摘の通りです。新説を唱えているわけでも、そのような記載文
献を見つけたわけでもありません。

私がこの情報を引用したのは、おそらくmasakatsuさんもお目通しされていると
思いますが、「野村町の文化財(野村町教育委員会編)」です。

「高橋玄蕃五輪塔」と「大塚源十郎五輪塔」とは野村町文化財指定番号も隣同士
ということもあって、同一ページに掲載されており、図書館でメモに書き写し、
そしてホームページ編集のときも連続した行に入力していたはず....なのです
が、Cut&Pasteの作業中に、ぽっかりと中間部分が脱落してしまっていて、具合
の悪いことに、masakatsuさんに指摘されるまで気付かなかったというのが実際
のところです。

予子林松尾の地に落ち延びたのは高橋玄蕃で、大塚源十郎とは全く別人ですよね。
とんだ失態です。

> この、大塚源十郎の五輪塔は高橋玄十郎の五輪塔のある予子林野地地区から更に船戸
> 川を北に上った小振という小振城のあった地区に現在も実在しています。その「大塚
> 源十郎五輪塔」のある地区のササキハラには明治の神仏統廃令まで大塚源十郎を祀っ
> た大塚神社がありました。そして、肱川町予子林の客神社には大塚源十郎を祭祈して
> います。

この辺りは、まだ情報として掴んでなく、大変勉強になりました。
随分と御詳しいんですね。感服致します。

> そして、「高橋玄蕃五輪塔」の説明にあります「一ヶ森城主であった大塚源十郎の供
> 養塔」とありますが、この「一ヶ森の城主」はどこの資料からお調べになったので
> しょうか。宇和の一ヶ森城でないことは確実なのですが、このこと(場所)を知ってる
> 人は余りいないと思うのですが。

この件に関しましても、先述の「野村町の文化財(野村町教育委員会編)」を参考
にさせて戴きました。
「紀(長門守)安親=越智安親=大塚源十郎」が「一ヶ森城を築城した」「後に
白岩城、白石城、小振城を治めた」との記述があったはずです。手元に原本がな
く、メモを頼りにしておりますが....。

一ヶ森城の場所については、私自身は確たる証拠は持っておりませんが、
野村町/肱川町境界にある標高597.3mの一ヶ森、一般的な地図には名前が載って
おりませんが、岳山(標高608m)の西尾根にある山に違いないと考えています。

北ノ川氏の七支城の分布
・三滝城(城川町窪野)
・相伴城(?)
・猿滝城(肱川町/野村町予子林)
・甲ヶ森城(城川町土居)
・白石城(?)
・白岩城(城川町遊子谷)
・大番城(城川町高野子)
から見て、一ヶ森城もやはり肱川支流黒瀬川・滝川・野井川・舟戸川沿いに位置
するものと思われますしね。

以上、御指摘いただいた御礼方々、思いつくまましたためてみましたが、いかん
せん、まだまだ勉強不足・調査不足で満足いく御回答ができなくて申し訳ない限
りです。今後とも何卒よろしくお願い致します。

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
 

ながいこと管理さぼってました

 投稿者:いせきこたろうメール  投稿日:2002年12月31日(火)15時24分52秒
  ながいこと掲示板の管理をさぼってました。お許しください。
その間、色々と書き込みもありましたが、適宜海さんや圭子さんに
フォローして戴きまして、大変感謝しております。
今日は大晦日じゃし、明日から心機一転せんといかんね。
 

掲載内容の史実の検証は ?

 投稿者:masakatsuメール  投稿日:2002年12月17日(火)20時41分44秒
  お尋ねいたします。
当ページの「[伊予の隅々・野村町]町指定史跡 高橋玄蕃五輪塔」についての記載内容が野村町誌、城川町誌、肱川町誌、旧横林村誌、その他愛媛県の史跡・人物・古城・など書籍文献の記載事実と明らかに違う記載があります。当ページ記載内容などは事実確認されてページに掲載されていますのでしょうかお尋ねいたします。

◆当ページの「高橋玄蕃五輪塔」の解説と説明
 
・町指定史跡
・道後湯築城城主・河野通直の家臣で、一ヶ森城主であった大塚源十郎の供養塔。

◆各町村誌及び他文献に記載されている解説・説明

・大塚源十郎は三滝城主北之川殿7支城の内の白石城城主である。
・大塚源十郎は別名大塚玄蕃ともいい、下屋敷小振城の城主でもあった。
・大塚源十郎は天正11年1月15日土佐長曽我部軍の攻撃による三滝城落城とともに討ち死にする。
・高橋玄蕃は、天正13年秀吉の部下小早川隆景の進攻により越智郡高橋郷を追われ当地野村町野地地区に落ち延び土着し元和6年までの35年間生存した。
・野村町指定文化財24号「大塚源十郎五輪塔」は野村町中村地区にあり、その由来記にも元小振城主大塚玄蕃であると記載されている。
・大塚源十郎の五輪塔は下屋敷小振城のあった野村町小振地区に江戸時代末期肱川町予子林長命寺から源十郎の末裔の地区小振に移され現在も五輪塔の墓が実在している。
・大塚源十郎は明治の神仏統廃合令まで小振地区ササキハラに大塚神社があったが、現在は肱川町予子林「客神社」に祭祈されている。

以上のように各文献及び町村誌は大塚源十郎と高橋玄蕃について記載されたり事実が存在しています。

・第一に高橋玄蕃と大塚源十郎とは当地方に存在した期間が全く違う。
・大塚源十郎は高橋玄蕃が当地に土着した時には史実では既に死亡している。
・史実でも長曽我部軍は南予は進攻交戦しているが、河野家とは交戦はなく家臣である高橋玄蕃は生存し源十郎死後2年間は越智郡高橋郷にいた。
・高橋玄蕃が一ヶ森城の城主であったと説明されているが、高橋玄蕃が越智郡で小早川隆景軍に敗れた時は既に南予一帯は長曽我部軍の統治下にあったが、即、豊臣秀吉の四国統一がなされたのであって、その敗戦で落ち延びた一家臣である武将が一城をもちえることはありえないし、また城を築くこと自体許されることではありえない。
・そして、肝心なことは高橋玄蕃五輪塔の指定にあたっても野村町の指定の説明にも大塚源十郎との関わりは一切記載されていない。
・高橋玄蕃と大塚源十郎が同一人物なら「野村町指定24号大塚源十郎五輪塔」と「野村町指定27号高橋玄蕃五輪塔」と指定が別々に違うの不自然。

以上、ご回答お願いいたします。



 

素晴らしい!

 投稿者:masakatsuメール  投稿日:2002年12月13日(金)21時29分24秒
  はじめまして。これだけの資料を個人で収集されたとすれば驚きです。今夜初めて当サイト拝見して、ある町の指定文化財に大変興味のあることが記載されていることを発見いたしました。明日、兎にも角にもその町に行って調べて来たいと思います。私には資料不足で長年うやむやな気持ちでいましたが、ここに大変貴重な資料を提供頂き感謝いたします。もし、このことが事実であるなら私にとってだけでなく、とある町の郷土史に記載されている一部の書き換えにもなるかも知れません。とりあえず有難うございました。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~m-otsuka/

 

おおずサーチ

 投稿者:とらメール  投稿日:2002年12月 8日(日)00時19分19秒
  愛媛県大洲市に関係するホームページの検索と登録が出来ます。

http://ozucity.com/

 

失礼いたしました。

 投稿者:本屋のおばちゃんメール  投稿日:2002年11月30日(土)23時54分17秒
  それで「無視」だったんですね。>管理人さん
でも、ただ「カオス」だから
間違えたと言うわけでもありません。
野草の好きなワタシにとって四国の4県は、
まだ一度も訪れたことのない、あこがれの地です。
今年のはじめ、家庭人となって以来初の3泊4日沖縄の旅に出かけましたが、
(やはり桜・緋寒桜を見に行ったんです)
道ばたや野原で何気なく咲いている草花を見るにつけ
生態域の違いを実感しました。
美味しい「ミカンの産地」の愛媛では
野草もたくさん見られるだろうなー、と想像逞しうするだけで
ワクワクする気がします。

なにはともあれ、間違えちゃって、ごめんなさい。

愛媛の桜は2002年は「ぼっちゃん桜」というタイトルで
桜・ウェブリレーに参加してくださった方がいらっしゃいました。
2003年は「川内」からお一人エントリーいただいています。
もし間違えてしまった失礼をお許しいただけるのであれば
是非2003年の桜ウェブリレーにご参加ください。

>横浜の海さん
はじめまして。そして、ごめんなさいね。

海さんは横浜のどちらなのでしょう。
ワタシは青葉区ですから、どちらかというと内陸の方ですが。

海さんにもお許しいただいて、拙サイトへもお越しくださいませ。
桜・ウェブリレーへのご参加も合わせてお願いいたします。

http://www.asahi-net.or.jp/~hu2a-kdm

 

私も・・・

 投稿者:圭子メール  投稿日:2002年11月29日(金)02時30分39秒
  バイト先で、よく出身地を聞かれることが多いです。
一番仲の良いバイト仲間に、愛媛が和歌山だと勘違いされていることが発覚!!
がいにおどろいた(>_<)

関東では、みかんの県で知名度はあっても和歌山と間違われるし、愛知と間違われるし・・・
もっと頑張って愛媛自慢しなければ!!!と思う今日この頃です(^-^)

愛媛出身・東京在住だけど、愛媛大好きっ子より。

http://www005.upp.so-net.ne.jp/yusukko/

 

おせっかいですが・・・

 投稿者:  投稿日:2002年11月26日(火)14時45分25秒
  本屋のおばちゃんさんへ

「徳島」ではなく「愛媛」からのサイトですよ~ん。

私も現在横浜在住ですが、
常日頃「愛媛」を正しく認識してもらえることが少なくて、寂しい思いをしています。
近畿以北で生まれ育った人にとって「中国四国九州はほとんどカオス」なんだなぁ、
と機会あるごとに再認識してきて半ば諦め気味になってます。

郵便局や宅配業者にも「愛媛まで」と言った矢先に
「愛知ですね」と確認されて「しーん(-_-;)」

「実家は愛媛です」と言ったそばから、
「ご実家は愛知なんですって、九州の」と紹介されてしまったり。
(どこじゃそりゃぁ!)

”みかんの県の人だ”と認識されているせいか、
出身地の話になるたびに「和歌山出身だったよね?」と上司に言われたり。

他にも
「愛媛って・・・高松だっけ?」や

「愛媛って・・・何県だっけ?」

延々こんなことのオンパレード(笑)

おっと、がいに長うなってしまいました(笑)
一昨日も愛知に間違えられたばっかりで、つい熱くなってしまってごめんななさいm(_ _)m
それではまたお邪魔します・・・(^^ /~~:
 

東京の冬・・・

 投稿者:圭子メール  投稿日:2002年11月21日(木)13時56分5秒
  ご無沙汰してますm(_ _)m
今年は?愛媛の方がずいぶんと冷やいようですね・・・
遊子は別として(笑)

今度、ゼミ論で遊子漁協について調べようと思います。
もし、何かお持ちの資料等ありましたら、ご一報ください(^^)

http://www005.upp.so-net.ne.jp/yusukko/

 

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